元国立循環器病研究センター
動脈硬化・代謝内科
部長 吉政 康直
もくじ
はじめに
このページでは、糖尿病と食について考えます。
糖尿病の患者さんにとって、どのような食事療法が血糖のコントロールをよくするとともに、その人の好みに合い、実行しやすく、長続きするのでしょうか。
まず、これまでの糖尿病の食事療法はどうなのかを説明します。
<表1>をご覧ください。1日に摂取する総カロリー(主食や副食を含めた総量)を控える「カロリー制限食」であることが特徴です。しかも、半分強のカロリーを炭水化物(糖質)から取り、たんぱく質を控え、脂肪の量を減らす「脂肪制限食」(低脂肪食)であることも特徴です。
1日に摂取する総カロリーがどれだけになるかを知るには、それぞれの食品について、どのぐらいの量が何カロリーになるかを食品交換表と呼ばれる表に基づいて、いちいち計算しなければなりません。これは患者さんにとって、なかなか厄介なことですし、必ずしも患者さんの好みに合った食事内容になるとは言えません。
多くの方には、ご飯やめん類を中心とした主食の量が多く、副食に豊かさがありません。総カロリーの中に占める炭水化物(糖質)の量が多く、食後に血糖が高くなりやすいという気になる点もあります。というのは、食後に血糖を上げるのは、炭水化物だけだからです。
ですから、従来の糖尿病の食事療法には限界があると言えます。最近、このような反省に立って、新しい食事療法が提唱され、有効性が確かめられつつあります。「炭水化物(糖質)制限食」と、それを味付けする「地中海食」です<表2>(表中の低GI食はこちらの章 で説明します)。
以下で新しい食事療法を説明し、糖尿病の患者さん一人ひとりに合った"テーラーメード食事療法"を提唱します。
表1 現行の糖尿病の食事療法(日本糖尿病学会)
カロリー制限食(低脂肪食)
表2 新しい考えに基づいた糖尿病の食事療法
- 炭水化物(糖質)制限食
- 地中海食
- 低GI(グライセミック・インデックス)食
炭水化物制限食との出合い
「炭水化物(糖質)制限食」は高雄病院理事長の江部康二先生が提唱された糖尿病の食事療法です。先生は「主食を抜けば糖尿病は良くなる!」(2005年 東洋経済新報社)という本を書かれて、話題になりました。知っておられる方も多いと思います。
私も読んでみました。なぜなら、私が診ている患者さんの多くが、従来の食事療法を守っておられ、夕食にご飯やうどんを食べると、食後に血糖が高くなり、その結果、翌朝の血糖が高くなるのを不思議に思っておられたからです。
最初、私は本の表題に抵抗を感じました。というのは、私たちは総カロリーを制限し、約半分のカロリーは炭水化物から取り、脂肪摂取を控えることが原則で、食後に血糖が高くなることに対しては、糖尿病の薬やインスリンを用いて下げればいい、これが糖尿病の治療だ、と考えていたからです。
しかし、江部先生の発想はまったく逆でした。食後に血糖を上げるのは炭水化物(糖質)だけだから、献立からできるだけご飯やうどん、パンを控えれば、血糖は上がらない、だから血糖のコントロールはよくなる、という考えです。
炭水化物(糖質)制限食の要点は
- 1日の食事から極力、ご飯、うどん、パンなど精製された炭水化物を減らす。これは徹底しており、実際の献立はお昼ご飯に玄米を少量食べるだけです。
- 脂肪やたんぱく質は制限なく食べてもよい。ですから、この食事療法では、従来の主食と副食という考え方はなくなっています。しかし、腹七分目が基本です。
- 炭水化物を食べるにしても、精製度の低い炭水化物を食べる。たとえば、玄米や全粒粉小麦などです。
- 脂肪やたんぱく質は制限なく食べてもいいのですが、できるだけ魚貝や肉、納豆、豆腐、チーズを食べる。この点は、あとで説明する地中海食と似ています。
- 油脂はオリーブオイルや魚の脂を取る(「油脂」についてはこの章の終わりのコラムで説明します)。
- お酒は適度に飲んでかまいませんが、焼酎やウイスキーなどの蒸留酒がよい。ビールや日本酒などの発酵酒は少し糖分が含まれるので、勧められません。
具体的にいうと<表3>に示したような食事療法です。この食事療法を始められた患者さんは、おしなべて空腹時血糖やヘモグロビンA1c(約1.5か月間の血糖の平均値を表す指標)はよくなっています。
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